自然科学のある分野を突っ込んで勉強しようとすると、さまざまな法則や定理や公式が出てきます。最初のうちは、これらは複雑に関係しあっていて、関係性がよくわからなくなってきます。こういうときは、どれか、本質的に重要な部分を押さえれば、法則や定理などの関係性や、その分野の全体像が感覚でつかめるようになることがあります。電磁気学における「どれ」とは、クーロンの法則といっても過言ではないと思います。だから教科書の最初に出てくるんですね。
今回の主題は「クーロンの法則」ではなく、「法則」です。法則の例としてクーロンの法則を取り上げたので、まずクーロンの法則の概要を説明したあと、法則とはなにか、について説明します。なお、ここでの「法則」とは、「自然法則」のことです。
法則の例_クーロンの法則
ご存知のとおり、静電場でふたつの電荷の間にはたらく力の大きさを次の式で表す法則です。ベクトルで表すこともできます。
\(F = \displaystyle \dfrac{qQ}{4\pi \epsilon_{0} r^2}\)
この法則を起点にして電磁気学のさまざまな議論が展開されていくわけですが、このクーロンの法則、発見されたときに理論的な証明がされたのでしょうか?いいえ、証明されていませんでした。さまざまな科学者が実験を繰り返し、この法則が成立することが確認されたので、成立するものとして受け入れられたのです。このようなものを「法則」と呼びます。ただし、この法則が示す関係性(力と電荷と距離の関係)が発見されたあと、さまざまな技術や学問の進歩がありました。その結果、現在では、クーロンの法則は次の条件下で精度良く成立する、とされています。
- 電荷は球対称に分布していなければいけない。
- 電荷は重なり合ってはいけない。
- 電荷はお互いから見て静止していなければならない。
2点目は、電荷は点電荷(大きさを持たない)であることを意味します。3点目は、静電近似といわれるもので、「電場は渦なし」と表現されたり、「磁場が時間によらず一定である」と表現されたりします。電荷は完全に静止しているか、動いているとしても、非常にゆっくりである必要があります。
法則とは
デジタル大辞泉では、「法則」の意味について次のように説明しています。
一定の条件下で、事物の間に成立する普遍的、必然的関係。また、それを言い表したもの。
つまり、一定の条件下であれば、パラメータを変えても法則の通りの結果が得られるということです。理論的に導き出すことなく普遍的に成立する関係を見出すわけなので、実験や観察を繰り返して法則が成立することを確認したわけですね。つまり、すべての法則は直接的、または間接的に、経験的に得た証拠(実験データなど)を基にしています。上記のデジタル大辞泉の説明を自然科学に当てはまるように言い換えると、「実験や観察を繰り返した結果を基にした、一定の範囲の自然現象を記述または予測する言明文である。」といえます。
法則とはいえないものの例に、「水銀は常温常圧下では液体である」があります。たしかに確実に成立する内容ですが、先ほどのデジタル大辞泉の説明には当てはまらず、法則とはいえません。
法則とは必然的関係であることから、因果関係が存在する必要がありますが、この例では、クーロンの法則に相当するような因果関係はありません。クーロンの法則では、力と電荷、電荷間の距離という、単位が異なる3つの要素間の関係が示されています。つまり、ふたつの電荷と、電荷間の距離が定まれば、これらの電荷間にはたらく力が導き出される、という因果関係です。こういう関係が水銀の例には存在していません。
法則と理論
法則と異なるのが理論です。自然科学の理論は何かが起こるのはなぜかを説明します。一方、自然科学の法則は起きることを説明しますが、なぜ起きるかは説明しません。つまり、現象がなぜ起きるかを説明する理論と、起きる現象を記述する法則を組み合わせることで、これから起きることを繰り返し、正しく予測できるようになります。
法則は、繰り返し観察した結果から抽出したものです。したがって、法則の適用範囲は、すでに観察や実験された環境や条件の範囲、もしくはこれらに類似した環境に限定され、適用範囲を外すと法則が成り立たなくなることもあります。
例えば、オームの法則は線形系にのみ適用でき、ニュートンの万有引力の法則は弱い重力場にのみ適用できます。また、フックの法則は弾性限界以下のひずみにしか適用できません。ボイルの法則は理想気体に適用したときのみ適用できます。これらの法則は有用ですが、適用可能な範囲や条件があることは知っておく必要があります。
法則の正確性
法則は、通常はある条件下で実施した実験や観察の結果を要約したものです。学問が発展すると、それまで法則が成り立つだけで、なぜ起きるかが分かっていなかった現象について、新しい理論が現れることがあります。その理論によって、現象をうまく説明できるようにはなりますが、それでも法則の正確性は変わりません。これは、理論によって法則を説明できるようにはなっても、法則が示す内容自体が変わるわけではないからです。ただし、ほかの科学的な知識と同様に、自然科学の法則も絶対的なものではありえません。今後、十分に確立された法則でも、法則に反したり矛盾したりする観察結果や実験結果が現れる可能性はあります。このような場合は、法則が成立する条件が制限されたり、より拡張されたりする可能性があります。このように、物理法則は常に改良されてより正確に、より良いものになっていきます。
公理、仮説と法則
法則は、何が起きるかを説明するので、起きることを予測できるよう、ひとつ、もしくは複数の記述や式で定式化されるのが一般的です。法則と同様に、他の結果を導き出すための前提条件として公理が用いられる場合があります。公理とは、論理的に定式化して議論の前提とするものであり、真実性を持つことが明確とは限りません。つまり、公理と仮説はある意味、同じ種類のものと考えることができます。これらは法則と同じ程度までは検証されていません。したがって、公理や仮説は法則とはいえません。
公理の例として有名なものに、ユークリッド幾何学の内容を体系化した、ヒルベルトの公理があります。この公理のひとつは、「2つの点が与えられたとき、その2点を通る直線が存在する。」です。感覚的にはあまりにも当たり前ですが、このような当たり前すぎる公理を整えた上に、さまざまな学問が成り立っていることを考えると、ある分野を勉強する際に、基礎の基礎を理解しておくことは重要といえます。
法則の性質
自然科学法則にある程度共通する性質には次のようなものがあります。
法則が成立する条件下において、
- 矛盾する結果が繰り返し観察されない。
- 適用する場所によらず、普遍的に成立する。
- 一般的に、シンプルにひとつの数式で表される。
- 法則の内容は安定しており、変化しない。
などがあります。
まとめ
法則はある範囲の条件下で成立する関係を示すもので、どのような場合でも成立する絶対的なものではありません。この点を踏まえて法則を使うようにすれば、間違った使い方をすることが減ると思います。
もし、ある法則が成立する条件の範囲の外ではどうなるのか、という点に興味が出てきたら、とことん調べてみてください。最初は簡単な法則ですべてが説明できる、と思っていた分野の奥深さが見えてくると思います。
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