ボルタは、従来から使われていた検電器を改良し、さまざまな実験をとおして、電位の概念を導き出しました。さらに実験を重ねていくなかで、電気量の概念が明確になり、コンデンサの理論の構築へとつながっていきました。ここでは、ボルタがどのような実験をしてコンデンサの理論へ到達したのかについて説明します。
電位と電気量の関係を確認する実験
ボルタは、同じ太さで長さが異なる円柱状の金属棒を二本用意しました。二本の長さの比は1対5です。まず、長さが1の棒(棒A)に帯電させました。この棒Aの帯電量を検電器で測定すると、検電器の指針は60°を示しました。次に、帯電させていない長さ5の棒(棒B)を棒Aに接続しました。すると、検電器の指針は10°を示しました。
ボルタの検電器は、その仕組み上、試料の電位を示すものであったことから、この実験では棒Aに棒Bを接続することで、棒A+Bの電位は棒Aの6分の1になったといえます。ただし、試料の電気量は棒Aのときのままです。したがって、棒の長さが長くなると、同じ電気量でも電位が小さくなったわけです。
当時、電気というのは試料の表面に帯電することが知られていました。このことから、ボルタは、この実験結果に影響したのは、棒の長さではなく、棒の表面積であると判断しています。この表面積というのは、現在の静電容量の公式\(\displaystyle C=\epsilon \dfrac{S}{d}\)の\(S\)のことを指しており、ボルタはこの実験を通して静電容量の存在に気づいたといえます。
静電容量の存在を確認する実験
次に、ボルタは誘電体の種類を変える実験を行いました。まず、金属板Aに帯電させました。この金属板Aを検電器にかけると、指針は60°を指しました。この金属板Aを、接地した金属板Bに近づけました。このとき、金属板どうしは平行板コンデンサのように配置します。すると、金属板どうしの距離を近づけるにつれて、検電器の指針が徐々に小さくなっていきました。距離を元に戻すと、検電器の指針は60°に戻りました。つまり、電荷量は同じなのに、金属板の距離を変えるだけで、金属板の電位が小さくなったり大きくなったりしたわけです。
ボルタはこの実験結果に影響したのは、こんにちでいう静電容量であり、金属板どうしの距離を小さくすると静電容量が大きくなって、金属板の電位が小さくなった、と考えました。この距離というのは、現在の静電容量の公式\(\displaystyle C=\epsilon \dfrac{S}{d}\)の\(d\)のことを指します。
他にもボルタは金属板の間に樹脂板(誘電体)を挟んだりと、さまざまな実験を行っています。これらの実験から、ボルタは次の関係式を見出しました。ただし、それぞれの記号は、わかりやすいように、現在使われているものを使用しています。
\(\displaystyle V=\dfrac{Q}{C}\)
金属板に電気(\(Q\))が蓄えられると電位(\(V\))が生じて、電位の大きさは電気量に比例します。ただし、金属板どうしの距離や面積が変わったり、金属板の間の物質が変わったりすると、電気量が同じでも電位の大きさが変わるので、この影響を表す量を静電容量(\(C\))で表現しました。
また、静電容量(\(C\))は次の関係式で表されるとしました。
ボルタはこの実験結果に影響したのは、こんにちでいう静電容量であり、金属板どうしの距離を小さくすると静電容量が大きくなって、金属板の電位が小さくなった、と考えました。この距離というのは、現在の静電容量の公式\(\displaystyle C=\epsilon \dfrac{S}{d}\)の\(d\)のことを指します。
静電容量は金属板の表面積に比例し、金属板の間の距離に反比例します。また、金属板の間の物質の影響を、比例定数(\(\epsilon\))で表しました。
まとめ
このようにして、ボルタはコンデンサの理論を構築しました。シンプルな実験でからシンプルな関係を見出したわけですが、世の中の誰も知らなかった事実を実験をとおして見出していったことは、素晴らしいことだと思います。ボルタがこのような実験を進めていたころ、クーロンは電荷の間に働く力を測定しようとしていました。
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